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2006-09-27

人間の思い込み

人間の身体は不思議なもので、脳が判断する事で起こっている事が多いのですね。

催眠術で冷たいものを当てて「焼けた鉄」だというと一瞬にして水ぶくれができるという

話は有名な話ですよね。


このように人間の脳が「思い込む」ことによって起こっていることも多いということです。

ここでいえることは人間の身体も自分の意識によって病気になる事もあるのかもしれません。

仮説ですけれどね。

例えばです酒を飲む人、タバコを吸う人と色々といます。

本当に「アル中?」って人を何度か見たことありますが

昼真っからでもお酒の飲める人がいます。

連日でもオッケーって様な人。

でもほんと美味しそうに飲むんですよね。

こういう人って肝臓悪いのでは??って思ってましたが

検査するとまったくの異常なし・・・・

びっくりしますよね・・・やっぱこれも

「酒は自分の薬」だと思っているからかもしれません。

タバコも害があることで有名ですが、やはり上の人と同じように

まったく害がないというわけではないでしょうが、身体に異常がない人もいます。

ま、数で言えばほんの数パーセントでしょうけれど。


しかし本当に酒が好きな人を見ていて気がついたのは

「つまみ」をあまり食べないって事です。

ここも推測ですがアルコールと一緒に食べる「つまみ」がアルコール+プラスの

カロリー摂取をしているので肥満化するのかもしれませんね。

私はつまみを食べる派なので当然太りますわな。

でも太らない人もいてやっぱりさまざまであります。


さて話を戻してやはり人間の心のどこかに「身体に悪いもの」として

摂取していたらそうなっていくのではないのかなと思ったりもします。


人間の思い込みって自分が悪くないものでも「悪い」と本気に思うと

現実化するんでしょうかねぇ?


少し違いますが、人からの「念」が飛んできて自分に悪影響を及ぼす・・と

強く思えば本当は20か30なのが1000にも2000にもなる可能性もあります。

そういう事って多いのですね。


よーーく考えると人間というものはすべて自分の五感を通して

脳ですべて処理して判断しているんですから、ある特定の「フィルター」が

脳に固定化していたら白いものでも灰色にも黒にも見えるって事ですよね。

ま、色が違って見えるということは現実にはないでしょうか・・・


ほんと人間っていろんな意味で不思議ですよね。

脳がどうコントロールするかですが、冷静な判断ができるように

ならないと人間は何を間違えてどうなるか・・・というか

結局はすべて自分が招いた事になるんでしょうね。


うーむ・・アルコールを飲みたいフィルターは遺伝かもですなー

うちは代々酒飲みですからねぇ。

ましてや九州の田舎でございますから。


さて脳の不思議はまだまだありまして、私が依頼者をリーディングする場合

その人のいちばん問題となる部分がわかります。

情景として見えるのでなく解りやすく言えば「言葉」として表れるのですね。

「父親との確執」とか「気が弱い」とかですね。

そういう感じてわかりまして、あとは色々と話を聞いていってパズルのようにつなげます。

簡単な要点だけの透視見たいなものですね。


あとは手を取って指先から気を伸ばしていきます。

まるでターミネーター2にでてきた溶解金属のですね。

あれをヒントにしたのは確かです・・(笑)


そしてその人の『心』をうさぎに回ってもらって心をクリーンにするのですね。

余分なものをそぎ落とします。

不思議と依頼者は「あれ?」と軽くなったと不思議がります。

敏感な人は私の指から何かが伸びて伝わり魂の部分に反応があるといいます。

これも私の脳の中のイメージとしてはそれがなんとなく見えるのですね。

正確には見えてないのですが、感覚でしょうか?


そうやって気をコントロールして邪気抜きとかをしているのでございます。

こういうときは「ミニうさぎ」が活躍しますけれどね。

結構映画とか漫画は現実に無い事をできる世界ですから

案外似たような世界なので参考になる事も多いっすね。


さて・・・脳という文字・・月とツと凶・・意味ありげですな。

ひとつ間違えると「凶」っていうこともあるんでしょうかね。

人間の体と脳って・・・まだまだ謎ですよねー
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2006-09-23

やっぱり・・・

腸っすね・・・・

冷えている方が多いです。

冷えすぎている人は暖かくなるまでにかなりヒーリングの時間を要します。


こういうタイプで共通する事はやはり「マイナス的思考」であるということ。

また手をかざすと(15センチほど離すと)寒くなるのですね。

これは強いエネルギーが弱い方に流れる事で急激に対流が起こるためです。


前にも書きましたが、マイナスに落ちた時は呼吸ができなくなるのですね。

目に見えないマイナスが胸に詰まって呼吸を邪魔するといった感じです。


自然と悪循環になっているようであります。


さて・・主たる原因。

マイナスに向くのは自分を大切にしていない人です。

自分を責めたり自分の心の信号に気がついていない人。


エネルギーが低下して腸をやむと必ず『肌』に出ます。

肌とはその人のいちばん見える部分です。つまり『自分自身』ですね。

自然とそういう形で『正しく自分を見なさい』というものであるようです。

強迫観念が強かったり、きちんとしなければ駄目だとか

自分を大切にするのでなく、周りからどう思われるかとか

同じにしなければいけないなど、周りばかりに目がいってしまうのですね。

そうするとだんだんそれがストレスになり自分を苦しめ病んでいくのです。


どう自分に目を向けていくか?

それは自然と笑顔が出る生き方をすることなのです。



何か自分のためにとかいい事をとか無理をしては駄目です。

まず走り続けている自分がいることに気がついて休む事です。

今まで走り続けて見えなかったことが必ず見えてきます。


実際に走るのをやめて立ち止まって休憩すればその周りにある

景色をよく見ることができますよね。

花が咲いていたり、小さな虫がいたり・・・・・

走っていては決して気がつくことがないものです。


立ち止まってゆっくり呼吸して肩の力を抜いて休む事も大事なのです。

そうしないと人間の身体(と心)は無理をしてしまい悲鳴を上げてしまうのです。


周りと同じでないと駄目なのか??

そうではないですよね。人の顔かたちが違うように生き方もそれぞれなのです。


人間の性格から趣味傾向まったく同じ人なんて存在しませんよね。

まさに十人十色なのであります。

自分の色、ペース生き方があるのですから、まず自分をしっかり見つめる事。

それが大事なのですね。


自分を愛して笑顔で生きられる事がいちばん幸せなことなのです。

走りすぎていませんか?

立ち止まって周りの景色と自分を見ることが

又自分の生き方を教えてくれたりするものなのです。

たまには肩の力を抜いてだらけてみませんか??

寝っころがれば『空』がみえますよ~

2006-09-12

努力

うーむちょっと「あ、こういうネタいいな・・」と思ったのだけれど

綺麗に忘れてしまった・・・・

まったく書き留めないと記憶がない相変わらずである。

ま、馬鹿な脳みそは仕方ないとして・・・


ふと人間の第一印象って凄くまとわりつくものだなと最近思います。

たとえばアイドルの松浦あやのものまねをしてる前田健さん。

この人を見てしまってから松浦あやさん見ると前田健さんの松浦あやになってしまいます(笑)


もともとこういうものにうといのですが、ずいぶん前の事ですが

やっぱり歌手の浜崎あゆみさん。

あまりにも綺麗に整いすぎていて人じゃないと思ってました(笑)

なぜかというと当時ゲームなどで人間のリアルさが出てきて

バーチャアイドルといわれるゲームの中のキャラクターが注目されている時でしたので

私はてっきりバーチャルアイドルみたいな感じのものかと思ってました(笑)

現実にテレビに出ていたのみてびっくりしましたけれど。


まあなんでも人間というものはちょっとした先入観で色々と思ってしまうものなのですね。


これらがやはり問題なのかもしれませんね。

たとえば霊に一度こっぴどく恐ろしい思いをしたら

霊に対して必要以上におびえてしまうようになり、

そんなでもないものに対しても、ほんのちょっとなのに

大げさというか恐ろしく見えたりするのでしょうね。


こういうトラウマというものは誰にもあると思います。

たとえば・・・食べ過ぎてアレルギーが出て苦手になったり

食あたりになって駄目になったりすることがありますので

やはり強いショックというものは人間の心だけでなく身体にも

強い影響を与えているという事になります。



それらを克服する事はとても難しいですが、

人の心の中で精神的に積み重ねたものは自分の努力で可能だと思います。

少し違う形ですと事故で麻痺したあとにリハビリで回復するようなものでしょうか。


やはり人間は諦めるか、諦めないかであると思うのですね。

昔九州でとある人とお会いする事があって、一緒に食事をすることになりました。

父親の友人とそのお友達です。

そのお友達と色々とお話をしていますと

なんと一度脳溢血で倒れて半身麻痺になった人だということなのです。

しかし見た目には全然解りません。


やはり聞いてみると凄い努力をしていたようです。

入院後リハビリで毎日決まったコースを歩いて努力したのです。

それも皆勤賞がもらえるほどで、雨であろうと欠かさず『毎日』だったそうです。

それを2年毎日欠かさずやって、手を動かすリハビリもやったそうです。

そして退院後も続けて現在のように元気になったということです。


つまり人がしないほどの努力をしたのですね。

凄いと思います。見た目にはほとんど解りません。

歩く姿も酒を注ぐときの指先を見ても言われなければわからないというより

言われてもわかりませんね。


やっぱり人は諦めず努力する事で不可能を可能にするのだなあと思ったものです。

リハビリをして新しい神経が繋がっていったのでしょうね。

私も諦めの悪い方ですが・・・・


自分がそうなったらどうでしょうね??

たぶんできないのではと思います。


このように人は本当に覚悟を決めて立ち向かう意志があると

不可能も可能にしてしまのうのでは?と・・思います。

しかし凄いですよね。

雨の日も合羽を着てやったというのですから・・・・


私が絶対欠かさずできることといったら・・・

酒を毎日のむことぐらいですね。。(予備軍ですな・・)

2006-09-10

余裕ができると


人間って変わりますね~面白いものです。

どうして人間は何かにとり憑かれた様になってしまうのでしょうね。

自分を制御できなくなってしまうのか?

変な霊に憑かれてしまうから??

それとも・・・・

なんて人間はすぐ考えますが

実は自分の心が『苦しい!』ともがいているからなのです。

それに気がつかないだけなのです。

自分を否定していたり、よくない自分が『悪い』と思っていたりするから。


心が苦しいと悲鳴を上げているのですね。

どういう状態にあるが『教えて』くれているのであります。

つまり『心の信号』ですね。

それを汲み取れるか汲み取れないか・・・

そこが『分かれ道』だといえます。


でも人間はよくなろうと必死に模索しますが

それを解決するに至らないのです。

正しいものが見えていないから。

解決すべきポイントに気がついていなくて、別なポイントに

アクセスをしているのでなかなか気がつかないのであります。


そして仮にそのポイントに気がついたとしても

状態がよくないと100%理解できてないのです。

そうすると・・・解っているのにできない・・になってしまうのです。


その状態を自分で100%理解することが大事なのですね。

ちゃんとたどり着けば理解しますし、どうすべきかも見えてくる。


あとはここから自分で慌てずに一歩ずつです。

ここにたどり着くまでの道のりが・・・皆さん時間がかかりすぎてしまうのです。

しかしそれは必要な事であったりするのです。


大事なのは『今』なのですね。今生きているこの時間。

その今がチャンスであるということでもあります。

どう進むか、どう行動するかが自分の生き方を決めるのだと思います。


自分を本当に愛しいたわる事ができればきっと変われるのですね。


変わると解れば不思議と安定していくものなのです。

一段一段階段を上がるようにゆっくりと。

今まで苦しんできた時間だけ精神や心が痛んでますから

まずはその痛みを和らげる事からです。


あとは自分のペースで。

そうするといつの間にか変化していて気がついたら

「あ、楽になっている」と気がつくのですね。


余裕って『裕福』が『余っている』ということでしょうから

徐々にそうなるといいですよね。


少しずつ自分の内面からの『変化』を見るとそれが

『うれしい』というエネルギーに変化していくのであります。


あとは・・・本当の意味で自分次第ですよね。

自分の為に努力する人がきっといい結果を導くのだと思います。

諦めずに進む事なんでしょう。

自分を大事にしてく・・・

それが自分の幸せの一歩だということです

2006-09-07

認める事

すべてを認めるって大変な事だと思います。

なんのすべてかと申しますと「ありのままの自分」です。

いいところも悪いところもひっくるめてですね。


認めると自分のすべき事もすへて見えてくるわけですね。

まず冷静に嫌なところを見てください。


悪い事ばかり考えて(マイナス思考)ないか

人を利用してと思ってないか

無いものねだりをしてないか

自分の努力が足りないのもなにもかも人のせいにしてないか

人を憎んでないか、うらんでないか

色々と人間は人に言えない何かを持っています。

それは誰でもある事だと思うのです。


それを人に言うとかそういう事でなく

それを含めて今の自分があるということなのです。

悪い事は二度としないために経験したと思えばいい。


そういう経験をして心が痛んだからそれをしない。

それでいいのだ。

何もかもが自分である事は確か。過去は過ぎるものであるけれど

自分の中にはしっかりと残っているのだ。


認める事である意味その呪縛から開放されるのである。

そう。「自分の中で認めればよい」のだ。

そうすれば何故だか楽になる。


そして自分が何をすべきかも見えてくるのである。


人のせいにしている自分を認めたら自分が何もしてない事を悟るのである。

そうすれば自分で努力を始めればいい。それだけ。



とても簡単そうで難しい自分の嫌いなところ。

解っているだけに難しいのか??

いや・・・認めたくないだけである。

自分は悪い人間ではないと。

何故そう思うのか??

人を傷つけたり恨んだり憎んだりする事は「悪い事」だと思っているから。

悪い事なのか??

確かに敏感な人には害を及ぼすので悪いかもしれない。

でもそうさせる何かがあるから恨む、憎むのである。

自分が悔しいと思うから。


しかし少しだけ視点を変えて見ればいいのである。

憎んでも恨んでも何も変わらないということ。

それであるのなら自分にとって「楽しい事」に意識を向ける事が

楽であり、そして楽しく誰もが幸せなのである。


人間だから腹が立つ頭にくる当たり前である。

だからといってそれを憎んでも何をしても何も換わらないのだから

怒るだけ怒ったらぱっと切り替える事が大事。

発散してしまえばいいのである。

それであれば誰も被害はない。自分もマイナスで考えすぎて

体調を壊すような事もないのである。


さて・・・ここで「怒り」とは人に向けるだけのものか?

いえ・・・自分にも向けるのである。

「ダメな人間だ」「悪い人間だ」と・・・・

これは自分のエネルギーだけに同質であるからその影響は大きい。

自分をマイナスすにしているエネルギーは自分が発して自分でぶつけているので

これは非常によくないし、心身共にも悪い。

何も悪くないのである。

そう考えてしまう自分が「悪い」のである。

自分に優しくできない自分がいる。厳しすぎるのですね。


自分に対して自分を優しくする。ここが大事。それができなければ

人にも優しくできないのですね。

我侭にならない程度に自分に優しく。


自分に優しくなれば自然と笑みも出て心が豊かになっていくのである。



それからこういう話をよく聞きますよね。

悪を知っているほど、正しい事の大事さがわかるということ。

もしあらゆる意味で自分が悪いと思う経験をしているとしたら

それは正しいということを知るためだと思えばいい。

そして自分の栄養として経験したのだと。


だから何も悪くない。誰も悪くない。

もし悪いと思えば「二度としなければよい」のである。

それが人間であるということ。


今まで生きてきた人間の中に「自分の前世」があり失敗をしてきた。

その失敗を後世に学び次は同じ失敗をしないぞと生まれ変わるのである。


そして人類は過去の失敗を認めて直してきた事も多くある。
(戦争や争いはまだまだ消えないけれど)

人は学び成長していく。それでいいのでは・・・

自分が悪いと思うところはしなければいい、無くせばいい、二度としなければいいのだ。

もしまた同じ事をしたら・・・・また心に刻めばいい。

人というものは「やり直し」がきくのである。

自分が幸せになるために自分をよく見て認める事。

認めれば「どこを修正すればいい」かすぐわかるのである。


自分の嫌なところ・・・・

認めるのが怖いですか???


怖いとしたら・・・あなたは「正常」なのですね。

正しい心を持っているからです。


正常であれば認めるべきなのですけれどね。

2006-09-07

守られる

こちらとあちらの世界が合わせ鏡というのは

互いに影響しあうというものだからでもあります。


過去守護霊、守護神のことを書いた事がありますが

その内容と重複しますのでよろしくです。


まずどう影響がでるか?

一般には先祖が恨まれたりすることで子孫である現世の人間が

「守られる」という形態が薄くなり、悪霊の影響を受けやすくなるというものが

一般的な考え方であります。


しかし生きている人間界からの感謝の念、祈りなどが薄くなると

ご先祖と子孫をつなぐエネルギーのパイプが弱くなるのですね。


そうすると「合わせ鏡」といわれる構造のバランスが壊れて

互いにおかしくなる・・・という構造です。


しかしここでずーーーっと先祖代々奉られてある家とそうでない場合はどうなのか?

となりますが、基本的には自分があるのは「先祖たちがいたから」というものが

あればよいと思われます。

よく考えれば先祖代々ある家でも大体解るのは2代3代前までですよね。

あとは法名でしか知らないはずです。

つまり家系というものは繋がっているので、知っている代と「ご先祖様」で

十分なわけですね。ひとりであってもそのひとりは必ず繋がっているからといえます。


それから絶対に名乗っている姓側か?という事ですが

必ずしもそうではないようです。つまり例外があるということですね。

遺伝子的に繋がっているということでしょうか?

たとえば父親方には霊感のある人はだれひとりいないとして

母親方に多かったとします。(普通の霊感でなく特に強い人が多い場合)

そして霊感のある人間が遺伝子的に出てくると、その代々の守護神が

その霊感のある人に影響を及ぼす事があるみたいです。


つまりパワーでいうと母方の方が強いということがあるのと、

やはり持っている守護神が母親方のものであるというのが原因だったりします。


他には母親方の過去存在した人が生まれ変わってきた場合なのです。

まあこのように例外的なことが起きうるので

必ずしも名乗っている姓方ではないということもあります。


さて本題の先祖との関係ですが、守るのは「先祖」だけでなく

「守護神」という存在があります。

つまり仏教で言えば阿弥陀如来とか不動明王、天部などたちですね。

基本的には「先祖」が必ず守ります。

そしてその上の格である「守護神」が守るのが一般的ですが


その人が優れた霊能者になる場合、あるいは世の中に強い影響を及ぼすような

人として育つ場合、先祖の中でも「神格」を持つ古い先祖がつく場合

あるいは守護神そのものがつく場合があります。


よって守護する霊、神は状況により違うということでもあります。


大事なのはそういう守ってくれる存在が解ればいいのですね。

名前や守護神の種類を知るということが大事ではないのです。

つまり「心」で強く守ってくれていると感じて強い感謝の念があることが

とても大事なのです。

自分の「魂」=「守護神」であるのですから。


そうそう、魂はその時の生れた目標により守護神がつきます。

個人的に守るのが「先祖」と考えるといいかもしれません。

そして守護神は自分の本来の魂の守護神である事が普通なのですが


たとえば私のように強い「天部」であるとします。

そうすると優しい慈悲や静なるものが必要だとした場合

ある人生では地蔵菩薩がつく事でその人生を勉強するというものがあるようです。


この守護神についてはやはり例外も多く、ここで書いている通りではない事も多いです。

よって自分がそれに当てはまらないこともあるということを理解してください。


ひとつの守護神の場合目的が明確で何かを成し遂げるという場合が多いですね。

あと守護神二人、三人ということも珍しい事ではありません。


またこの守護神が多く出る原因もまた違う場合もありまして

その人の人生の目標が定まらずにいる場合進む方向によって変わる人もいる・・・

ということもあります。


ほんと・・・十人十色っていいますが人それぞれですね・・・


よって色々な霊界の説も皆さん色々と勉強しいる人も多いと思いますが

必ずしもそれが正しいといえない場合があるということも覚えておいてください。


多分書かれているものは一般の多くの場合の事例と考えた方がいいでしょうね。


さて先祖との合わせ鏡ですが、もしかしたら過去先祖にいた実在した人間の

生まれ変わり(魂)の場合もあります。

そういう場合その過去を清算するため(やり残した事、人生の目標など)

生れて来る場合もありますね。


あと先祖が未浄化の場合、それらを訴えるために子孫に何らかの信号を出してきます。

その信号はその重さにより大きく違います。

・・・・・・・・・。

その信号もその先祖の力によってできることが又変わってきますので

なんともいえませんが、

パワーがあればいかにもという信号、電化製品を動かしたり、電話を鳴らしたり

現実に何か感じる信号を出してきます。


あまりパワーがないとしたらそばでそれらの信号に気がつくように

「呼びかけてくる」のですね。


そうするとある日突然なんかある事に対して気になるようになったり

それを多く目にしたり、誰かからの口からそれを聞いたりと

日常の生活の中にあるものに「目を向けさせる」ということもあります。


ま、気のせいだといえばそれまでなのですけれどね。

それをどう取るかは「本人次第」ということでもあります。



いいバランスであるということは生きている子孫、先祖両方に出ますので

結果とても幸せになっていくというのが一般的なのかもしれません。


でも・・・これも例外があり、何かを学ぶために「課題」がいっぱい・・・と

いう人も少なくないのですねー


とにかくご先祖様というものはとても大事ですね。

目に見えないところで守っていただいて作用していますから。


お互いに意識をするというのはあの世とこの世をつなぐためのひとつの方法といえます。

まったく意識しない人はたとえ悪い事が何もないとしても。。。

言い換えれば良い事もないということでもあるんですけれどね。


よく仕事で結構危ないレベルなのによく生きてきたなーと思う人が結構います。

そういう人はよく聞いてみると先祖や守護神など守ってくれる存在を信じて

感謝している人である場合が多いですね。


いずれにしてもそれを知る知らないは人の自由ですが

霊を信じる信じないはどうでもいいですから、せめて「ご先祖」というものに対しては

しっかり感謝の念を「心」から持つ事ですね。


それが唯一子孫とご先祖をつなぐ方法であるのですから。

2006-09-03

自分を信じる

信じて盲目になると言うものは怖いですね。

信じて没頭するあまりに過熱して変な方向へ走る。

自制が効かなくなれば大変ですよね。


しかしこういう事になったのは間違った人間の教えですよね。

現に昔から今まで宗教と言う戦争は後を他ない。

今イスラエルとパレスチナが昔から現代のそのままといえます。

またキリスト教における裁判や戦争でどれだけの人が死んだでしょう・・

自分を信じず「依存」することで「救われる」と思っているのでしょうね。


しかし同じ間違いをしているのに無くならないのはなぜでしょう?

死んでもなお「間違い」に気がつかずまた同じ運命をたどって生きてしまう。

そしてまた同じことを繰り返しているからだと言えます。


どうして創造神である神は「姿」がないのか。。。

そこが答えなのですね。

姿やそういうものでない・・・

形でがなくとも「信じることができる」ことが大事なのですね。

つまりそれは「心」そしてよく言われるように「心こそ神」であるということ。

だから「自分」を信じることができればいいのだと思います。


私なんか信じても無駄です(笑)

私はすぐに「突き落とします」ので。

そうする方が確実なのですね(笑)

もやもやとあーだこーだ言っている人が多くて

とりあえず方向は教えます。

仏の顔も三度までといいますが、私の場合3度目はありません。

「ぽん」と突いてみます(超意地悪)

本当に落ちかけると人間って、慌てて落ちまいと焦り必死になります。

この原理をいつも使います(笑)


ま、要は「幸せになりたいのなりたくないの?どっち?」って言う事なんです。

できない人ほどあーだこうだと屁理屈をこねる。

ならばそのままであればいいのです。

私はいつも言うように「助けあげる」という事は決してしません。


必死で這い上がろうとする人にロープを落としたりする程度ですかね。

がけ下で上がろうともせずあーだこーだ言ってたら知らん顔です。はい。

勝手にしてくださいですね。


そういう人は「助けてもらう」という事が当たり前になってしまうと

又次のときも何もせずそれを待つのですね。

それでは進歩はありません。


動物でもたまに離れ離れになって何千キロと歩いて

主人のところへたどり着くという話がよくありますよね。

会いたければ何千キロも歩いてやってくる。


別に会いたくなければ野良犬になるか他の人に拾ってもらうか

最悪は「保健所行き」になっちますけれどね・・・。


そういやこの前トリビアで主人が熊に襲われたら・・・ってのやってましたが

100匹中2匹だったかな??

テレビで笑っちまいましたが・・・



ま、いずれにしても人間は自分を信じて自分の力で這い上がる事です。

それができない人はここへ来るよりも他の助けてくれる人のところへどうぞです。

前の「霊がついている!」と電話してきた女性を思い出しますわ。

買い物中いきなり携帯に電話してきて

女「私には霊がついています!」

た「はあ??く」

女「私には・・・・・」とあーだこうだいって

要するに自分の不幸やうまくいかないのは

「霊がついているから」と決め付けたいだけで

た「ついてませんが。。。」

女「そんなはずはないです!」と

ますますエスカレート。。。。。

頭にきたんで

た「自分のうまくいかないことを霊のせいにしたいんでしょ?」と

言ったら興奮して怒って(図星だから怒るんですよね・笑)

女「もういいです!」って言って切りましたわ。

なんとも失礼ですよねー。

コンタクトもなしにいきなり一方的に話し始めて一方的に切ってねぇ・・・

あとで腹立ってしょうがなかったですわ。

ほんと悪徳霊能者じゃないけれど

「憑いてます」っていって浄霊料とってやりゃ良かったかなと思いましたけれどね。

でもこんなの相手するだけ時間の無駄ですし

こんなのに限って「何も変わんないんですけれど」って言ってくるんでしょうね(笑)


ま、とにかく今の世の中人ならまだしも「自分」を信じられない人が多いんです。

これがいちばんの問題かもですね。

自分を信じられなければ当然人もですよね。


自分を信じられない人は神をも信じられない人なのかもしれませんね。

変な宗教なんて信じないことです。はい。
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