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2006-06-20

愛するゆえに憎んでしまう・・・・

愛するゆえに憎んでしまう・・・・

よくある事なのかも知れません。

それが親子であればなおさらですよね。

八つ当たりをする・・・それは自分を知っている人しか出来ないこと。

それはやはり『家族』です。

だからよく子供が自分のコートロールが利かなくなり八つ当たりするのは親であります。

また親であっても妻や子に八つ当たりをする事もあるでしょう。

しかし何故八つ当たりをするのか・・・・

それは結果的に吐け口が無いから。

どうしていいか解らないから。



「どうして?あんなに優しい人だったのに・・・」

「どうして?あんなに優しいお父さんだったのに・・・」

そういうはず。

それは自分では抱えきれない『苦しみ』を背負っているから。

それをどう話せばいいかわからないから。

だから孤独になり苦しむ・・・・

本当は愛したい。

しかし心は苦しくて苦しくてたまらない。

でも誰もわかってはくれない・・・・

孤独感が進めば進むほど・・・・どうにもならなくなるのである。

どうして苦しいのか・・・

それが伝えられない・・・伝わらない・・・・

苦しい人にはそれができないのである。



しかし周りには八つ当たりや暴力をしている姿だけをみて判断しているので

その人はただ「暴力を振るう人」にしか見えないのである。


でも本当は「苦しい!、助けくれ!誰かわかってくれ!」と心は泣いているのである。

でも悲しいかな人には暴れている暴力や暴言しか見ていないある。

それが家族であればなおさら寂しいものです。


家族だから言える、甘えられる・・・・・

それが違った形での信号なのである。

そういった形でしか訴えられない人がいる・・・それはなぜか?


親がいない環境、親が自分に愛情を注がず育てたかである。

子供というものは『手本』がありそれを見て育つ。それが親の後姿である。

それを経験していないとどうしていいのか解らないのです。


簡単に紐解けば「自分の本当の心を伝えられない」のである。

そして「わかってもらえない」のである。

それをわかる心。

それを汲み取ってあげる事の出来る心が大事なのです。


必ず『理由』があるのである。

何事も。

何事も無く人は暴れたりはしない。

人間は苦しいから、悲しいからと『泣く』のである。

その心の声が届かなければその人は一生苦しみを持ったまま死んでしまうのである。

その声を誰かが聞いてあげなければならない。

その声を聞けるのは愛する人、家族である。

上辺だけを見て判断してはいけない。

どうしてなのか・・・・深い部分で感じ取ってあげなければならない。

感情や怒りだけで捉えてはだめなのである。

深い愛がそこに必要なのです。


愛するがゆえに・・・憎む。

それは本当である。


しかしそれは裏を返せば「甘えている」のである。

その『甘えている理由』を見つける事が解決への道なのかもしれません。

暴力・暴言を見るのでなく、その『理由』に目を向けなければ

決して解決しないのです。


上辺でなく真の意味、理由を知る事がとても大事なのです。

だから冷静に見て欲しいと私は思います。
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