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2006-09-03

自分を信じる

信じて盲目になると言うものは怖いですね。

信じて没頭するあまりに過熱して変な方向へ走る。

自制が効かなくなれば大変ですよね。


しかしこういう事になったのは間違った人間の教えですよね。

現に昔から今まで宗教と言う戦争は後を他ない。

今イスラエルとパレスチナが昔から現代のそのままといえます。

またキリスト教における裁判や戦争でどれだけの人が死んだでしょう・・

自分を信じず「依存」することで「救われる」と思っているのでしょうね。


しかし同じ間違いをしているのに無くならないのはなぜでしょう?

死んでもなお「間違い」に気がつかずまた同じ運命をたどって生きてしまう。

そしてまた同じことを繰り返しているからだと言えます。


どうして創造神である神は「姿」がないのか。。。

そこが答えなのですね。

姿やそういうものでない・・・

形でがなくとも「信じることができる」ことが大事なのですね。

つまりそれは「心」そしてよく言われるように「心こそ神」であるということ。

だから「自分」を信じることができればいいのだと思います。


私なんか信じても無駄です(笑)

私はすぐに「突き落とします」ので。

そうする方が確実なのですね(笑)

もやもやとあーだこーだ言っている人が多くて

とりあえず方向は教えます。

仏の顔も三度までといいますが、私の場合3度目はありません。

「ぽん」と突いてみます(超意地悪)

本当に落ちかけると人間って、慌てて落ちまいと焦り必死になります。

この原理をいつも使います(笑)


ま、要は「幸せになりたいのなりたくないの?どっち?」って言う事なんです。

できない人ほどあーだこうだと屁理屈をこねる。

ならばそのままであればいいのです。

私はいつも言うように「助けあげる」という事は決してしません。


必死で這い上がろうとする人にロープを落としたりする程度ですかね。

がけ下で上がろうともせずあーだこーだ言ってたら知らん顔です。はい。

勝手にしてくださいですね。


そういう人は「助けてもらう」という事が当たり前になってしまうと

又次のときも何もせずそれを待つのですね。

それでは進歩はありません。


動物でもたまに離れ離れになって何千キロと歩いて

主人のところへたどり着くという話がよくありますよね。

会いたければ何千キロも歩いてやってくる。


別に会いたくなければ野良犬になるか他の人に拾ってもらうか

最悪は「保健所行き」になっちますけれどね・・・。


そういやこの前トリビアで主人が熊に襲われたら・・・ってのやってましたが

100匹中2匹だったかな??

テレビで笑っちまいましたが・・・



ま、いずれにしても人間は自分を信じて自分の力で這い上がる事です。

それができない人はここへ来るよりも他の助けてくれる人のところへどうぞです。

前の「霊がついている!」と電話してきた女性を思い出しますわ。

買い物中いきなり携帯に電話してきて

女「私には霊がついています!」

た「はあ??く」

女「私には・・・・・」とあーだこうだいって

要するに自分の不幸やうまくいかないのは

「霊がついているから」と決め付けたいだけで

た「ついてませんが。。。」

女「そんなはずはないです!」と

ますますエスカレート。。。。。

頭にきたんで

た「自分のうまくいかないことを霊のせいにしたいんでしょ?」と

言ったら興奮して怒って(図星だから怒るんですよね・笑)

女「もういいです!」って言って切りましたわ。

なんとも失礼ですよねー。

コンタクトもなしにいきなり一方的に話し始めて一方的に切ってねぇ・・・

あとで腹立ってしょうがなかったですわ。

ほんと悪徳霊能者じゃないけれど

「憑いてます」っていって浄霊料とってやりゃ良かったかなと思いましたけれどね。

でもこんなの相手するだけ時間の無駄ですし

こんなのに限って「何も変わんないんですけれど」って言ってくるんでしょうね(笑)


ま、とにかく今の世の中人ならまだしも「自分」を信じられない人が多いんです。

これがいちばんの問題かもですね。

自分を信じられなければ当然人もですよね。


自分を信じられない人は神をも信じられない人なのかもしれませんね。

変な宗教なんて信じないことです。はい。
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